雑賀光夫の徒然草

saikamituo.exblog.jp
ブログトップ

<   2018年 04月 ( 2 )   > この月の画像一覧

「日本経済の時限爆弾」を読む

「季論」春号「日本経済の時限爆弾」(小西一雄)を読む


(1)昨年、和歌山大学名誉教授・森川博先生の「卒寿記念文集」に寄稿を求められた文章を私は次の言葉で締めくくった。

ところで、いま、アベノミクス(黒田金融政策)についての本質的な批判が求められていると思います。その批判は、「アベノミクスで庶民の暮らしはよくならない」という批判(それも必要ですが)ばかりではなくて、「アベノミクスは、日本経済と庶民の暮らしを地獄に突き落とす」という批判です。いまでも地獄という苦労している方もいらっしゃるが、全国民が地獄になる経済破綻に行き着くと思うのです。

同時に、「地獄に突き落とされる前に安倍内閣をやめさせよう」という運動が必要です。

 かつては、「恐慌のあとに革命がくる」という「恐慌待望論」がありましたが、それではだめだということになりました。私たちも「黒田金融政策破たんの必然性」を見抜きながら「待望論」になってはいけないと思います。

 「介護大改悪」などを見ると、地獄への道は、がけから落ちるような破たんの前に、坂道をずり落ちるような道なのかも知れません。

 森川経済学による分析をお聞きしたいところです。(2017年1月) 

(2)きょう、「季論」という雑誌の目次をくって表題の短い論考をみつけた。昨年、私が期待したまさにそのものである。小西一雄さんという方は、1948年生まれの立教大学名誉教授。新日本出版社などからは本を出されていないが、以前、雑誌「経済」にかかれた論文が、ものすごくわかりやすかったという印象を私は持っている。 

 目次から紹介しよう

はじめに 黒田日銀総裁の5年間

1 中央銀行信用の限界についての過去の教訓と未知の経験

2 日銀のバランスシートが傷んでいる

 日銀保有国債利回りの低下

 日銀の債務超過への転落の可能性

 バランスシートが悪化した中央銀行信用はどのような形で失墜するか

3 印刷機で富を生み出すことはできない

    …インフレーションの問題

4 おわりに…異次元金融緩和政策の後遺症

(3) 終わりの方で次のように書かれている。

 「アベノミクスには、さまざまな害悪がある。だがわけてもアベノミクスの最大の害悪は、本稿が見たように、異次元金融緩和政策によって財政金融政策の崩壊の可能性、金融資本市場の崩壊の可能性という時限爆弾を日本経済にビルトインしてしまったということである。一刻も早くこの時限爆弾を取り外して、アベノミクス全体を終わらせることが必要があるが、この政策転換の過程もまた日本経済にとって厳しい試練にならざるをえないであろう。…安倍政権と黒田日銀がはじめてしまった歴史的愚行の取り返しのつかない後遺症に、我が国は今後悩まされることになる。」

この論文の最後には(2018年2月 黒田日銀総裁続投のニュースを聞きながら)と書かれている。私の問題意識と全く同じだとうれしくなる。だが、「うれしい」と言っていられない恐ろしい真実だ。

ただ、金融政策の専門家だけあって、私の知らないこともいっぱいあって、たった12ページの論文だが、何回も読み返さなくてはと、拡大コピーして寝床に持ち込んでいる。

               2018年4月  雑賀 光夫


[PR]
by saikamituo | 2018-04-26 22:49

森川経済学の神髄

森川経済学の神髄

☆ 森川先生が卒寿になられたのですね。

 私が議員になってから、海南の商店街に「赤旗」集金にいく衣料品店があります。ふとしたことでご主人が、森川ゼミ生だと知りました。「あの頃は、資本論ばかり読みましたよ」といわれます。かなり前の国政選挙の時、「森川先生から手紙をいただいた」と言われました。そのお店に立ち寄るたびに、森川先生のことを思い出していました。

☆ 森川先生にかかわって思い出すのは、学習協30周年の座談会のことです。私が司会をしました。「森川先生どうぞ」と発言をお願いした後のやりとり。

「★森川(前会長・和歌山大名誉教授)

学習協とのおつきあいは古いんですが、北又安二先生(元和教組委員長・故人)がなくなって、そのあとを受けついだんです。20周年のころ会長をしていたんですが、そのとき学習協のあり方について雑賀さんからの批判がありまして………。学習協無用論みたいな………。他の人からの意見ならともかく、雑賀さんが言い出したというから………。

★雑賀

いや、ずいぶん乱暴な提案でおはずかしい。私は、「草の根の学習運動の軽視」という自分なりの自己批判をしています。あれから、松野くんは私の提案には、警戒心をもちましてね。このごろやっと信用してくれるようになったかな。」

 その後も、なんどか紹介したエピソードですが、ご心配をおかけしたことを、改めてお詫びしたいと思います。

今日は、一度もお話ししたことのない、森川先生の講義でうけた衝撃を紹介したいと思います。

高度経済成長の極限でおこった、田中角栄の時代の狂乱物価のときです。1974年だから、今から40数年前のことです。

 スーパーから、インスタントラーメンも、トイレットペーパーもなくなった、いわゆる「物不足」で日本経済は大混乱になったのでした。そのとき、海南市の市民会館で行われた(地区労主催だったとおもう)で、森川先生が話をしてくれたのです。

 「物不足というけれど過剰生産(物余り)です。いろいろな分野で値崩れがはじまっていますよ」

 「ええっ」という感じで聞きました。その時の経済の本質は過剰生産だったのです。

 のちに林直道先生の「今日の日本経済」をつかって、私もあちこちで話しました。

「物不足の本質は、過剰生産だ」「過剰生産のために、資本は設備投資できなくなった」「そのお金は、土地に、株式に、そして最後には、トイレットぺーパーの買い占めにまでいたった。」

「過剰生産が、その逆の物不足として現れる」「マルクスは本質がそのまま現象するなら経済学(科学)はいらないと言っている」という話を労働学校でしましたが、その根本は、森川先生の話を聞いて「ええっ」と思ったことだったのです。森川経済学の神髄です。

 「数10年前のことをよく覚えているのは、おまえは老人になったからだ」とからかってはいけません。物事の本質にかかわる認識の問題だったからいつまでも思い出すのです。これは、72歳になった年寄りの独り言。

*森川先生が退官より前に何か本を出されて「これが森川経済学の神髄です」といわれたような記憶があって「神髄」と書いたのですが、思い違いかもしれません。

ところで、いま、アベノミクス(黒田金融政策)についての本質的な批判が求められていると思います。その批判は、「アベノミクスで庶民の暮らしはよくならない」という批判(それも必要ですが)ばかりではなくて、「アベノミクスは、日本経済と庶民の暮らしを地獄に突き落とす」という批判です。いまでも地獄という苦労している方もいらっしゃるが、全国民が地獄になる経済破綻に行き着くと思うのです。

 同時に、「地獄に突き落とされる前に安倍内閣をやめさせよう」という運動が必要です。

 かつては、「恐慌のあとに革命がくる」という「恐慌待望論」がありましたが、それではだめだということになりました。私たちも「黒田金融政策破たんの必然性」を見抜きながら「待望論」になってはいけないと思います。

 「介護大改悪」などを見ると、地獄への道は、がけから落ちるような破たんの前に、坂道をずり落ちるような道なのかも知れません。

 森川経済学による分析をお聞きしたいところです。

                  2017年1月  雑賀 光夫


[PR]
by saikamituo | 2018-04-25 21:51