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雑賀光夫の徒然草

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日中友好協会について

日中友好協会について紹介
         訪問団顧問   橋爪利次
大変ご多忙のなか、ご歓迎をしていただき感謝します。日中友好協会の歴史についての自己紹介を申し上げます。
 日中友好協会の創立は一九五〇年。創立の主役として重慶の日本人反戦同盟の指導者の鹿地亘さん、上海内山書店の内山完造さんが活躍されました。お二人は魯迅の友人です。侵略戦争に反対して投獄され、敗戦で出獄した日本共産党の幹部、また地方の共産党員、民主人士たちが大きな役割を果たしました。日中友好、アジアの平和、日中国交回復実現をかかげたこの運動は創立早々からアメリカ占領軍、日本官憲の激しい弾圧をうけましたが、日中友好と交流は二千年の歴史があり、一部大企業の経済的要求も加わり、運動は国民的運動の広がりをみせました。
ところが突然、中国に文化大革命が発生し文革支持を求めてきて、それに同意しないわが協会と日本共産党にたいする激しい攻撃が行われました。このとき教会内の一部の役員と会員が文革四人組に追随した文革派日中の別組織を作り、華僑青年をかじえた日本紅衛兵舞台による真の日中運動の活動家に暴力的攻撃が行われました。私は当時、本部事務局長でしたが、本部は相当大きな建物内にありましたが、三年間にわたり昼夜にわたる攻撃が続き、事務所は大きく破壊され、一時は常駐者は監禁状態になり暴力にさらされ食事も水も断たれました。私たちを救援しようと、かけつけてきた人たちは紅衛兵の暴力を受け、事務所内と救援者の負傷者は数百人。だが警察もマスコミもこの大事件を黙殺しました。
私は監禁状態のなかでラジオで、私と一九六五年に親しく4時間も懇談した彰真北京市長ら革命の功労者が相次ぎ逮捕され、かつて食事をともにしたことのあった「義勇軍行進曲」作詞者の田漢先生も受難されたと聞き、涙が出る思いがし、ご無事を祈りました。
 中国共産党が文革の誤りについて総括をし、しばらく年月がたって関係中断中の日中両共産党、日中両友好協会の関係正常化が実現しました。私は関係正常化後の最初の本部訪中団に加わりましたが、中日友好協会幹部との懇談の仲で、中国の幹部たちもみんな文革で被害を受けた話を聞きました。文革の被害では共通しているとの思いを抱きました。
 私は入会して五五年。長い夢であった雲南訪問が実現し、こうした歓待を受け感無量の思いです。今後の交流の発展を心から期待いたします。本日はありがとうございました。

(周紅副会長)橋爪会長さんのお話をお聞きしまして、橋爪さんのような方は、歴史の証人だと思いました。ありがとうございました。
by saikamituo | 2007-11-17 00:14