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雑賀光夫の徒然草

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30年ぶりの「資本論読書会」

30年ぶりの「資本論読書会」(その1)

1 海南市で3人で「資本論読書会」をはじめた。「資本論」を冒頭から読み合わせをしていく。こうした学習会は、50年ほど前に教え子の女性ほか数名と海南市の喫茶店でやったこと、30年ほど前に、県教育会館で、書記さんたちとやったことがある。今度で3回目。60歳を超す男3人の殺風景な学習会である。社会科学研究所版「新訳資本論」を中心にし、ドイツ語版、英語版なども一応そばに置いている。

2 Elementarformの「訳語」問題

 「序文」を一つだけ読んで「本文」にはいる。

 「資本主義的生産様式が支配している社会の富は……個々の商品はその富の要素形態(Elementarform)として現れる」という有名な書き出しです。

宮本百合子の小説「道標」に主人公(伸子)が蜂谷という経済学者に資本論の講義をしてもらう場面がある。

 伸子「すみませんけれど、わたし、経済の勉強って、これまでしたことがないでしょう? だから、専門語かもしれないけれども成素形態なんて言葉、考えてみなけりゃ意味がわからないんです。あたりまえに言えばエレメンタルな形態ってことじゃないのかしら。」

蜂谷「大体そういう意味だといってもいい。しかしこまかくいうとドイツ語では英語のエレメンタルというよりも、もっと複雑で有機的な内容なんだが」

「成素形態」というのが当時のElementarformの訳語でしょう。たしか岩波文庫はこの訳語をひきついでいたと思うし、「細胞形態」「原基形態」「基本形態」などいろいろな訳語があった。


「社会科学研究所版」は、旧訳から「要素形態」になっている。「エレメント=要素」。「なんと素直な訳なんだろう。そして、宮本百合子はいい感覚してるね」など30年前の学習会で話題になったのでした。

ところで、最近気がついたのは、Elementarformは、英語版では、elementではなくunit(単位)という単語が使われているのです。蜂谷さんはじめ皆さんずいぶん気つかっているのに。どう考えたらいいのでしょうか?

次回(第三回)読書会は、105火)午前AM9:30 海南生活相談所

研究所新訳版P77 「第二節 商品に表される労働の二重性」からです。


30年ぶりの「資本論読書会」(その2)

3 「さしあたり」「ひらがな」に意味がある。

50年近く前の学習協「資本論講座」で吉井清文さんは自分のお師匠さんである堀江正規先生のことを語られました。

「受講者は、むずかしい言葉の意味を聞かれると思って調べてくる。堀江先生は『それゆえにわれわれの研究は』の『それゆえに』というのはどういう意味なのかと受講者に問いかけるんです。第一回目の学習会は『それゆえに』だけを議論して終わったんです。」

私はいまだに「それゆえに」にそんなに意味があるかよく分かりません。堀江先生は、一流の文章を読むときは「拘って読め」というのでしょう。

*堀江先生の講義を吉井さんがまとめた「文章の読み方」という小冊子が「学習の友社」から出ています。県学習協事務局にあるでしょう。

私たちの読書会では「さしあたり」という言葉を問題にしました。

「交換価値は、さしあたり、……交換される量的関係、すなわち、比率としてあらわれる。」(P68)ともすれば何の問題もなく読み過ごすところです。

「さしあたり」(表面的には)二つの使用価値の「交換比率」として現れる。しかし、さらに分析を進めると、商品には「社会的に必要な労働の量」という価値の実態があることが明らかにされます。(P73)「さしあたり」◎◎という言葉は、「その本質は」●●という考察への「予告」として、「拘って」読まなくてはなりません。

4 何回読んでもわからない、だれか教えてください

 P74-75で、金やダイヤモンドは少量でも多くの労働を要しているから多くの価値があるというのは、よくわかります。「ジェイコブは金がかっつてその全価値を」という問題は解決します。そのあとのブラジルのダイヤモンドとコーヒの話で混乱。ダイヤモンドの産出に「より多くの労働を、したがってより多くの価値を表していたにもかかわらずそうだった(80年間のダイヤ価格が1年半の農産物の価格に及ばなかった)のである。」

ブラジルのダイヤモンド鉱山はアフリカなどにくらべて質が低かったということなのでしょう。それなら、「多くの価値を表していた」わけではない。アンダーライン部分だけ削除してくれたら納得ですが
 

河上肇「自叙伝」と望海楼 

30年ぶりの「資本論読書会」(その3)余論

5 資本論研究の河上肇「自叙伝」を読む

 戦前の資本論研究で有名な河上肇(京都帝国大学教授)は、実践の世界に入り日本共産党に入党し、獄につながれたのでした。

 辿りつき振り返り見れば山河を超えては越えてきつるものかな

(河上肇が入党への思いをうたった歌)

私は、有名な「自叙伝」を今頃になってベッドに持ち込んで読んでいます。学生時代「河上祭実行委員長」をしたころは、読んだようなふりをしていたのでした。

 河上肇は、50歳ぐらいのころ、和歌浦の望海楼で一か月、静養していたのでした。高級旅館で食べ物も女中さんのサービスもすばらしいと書かれています。

望海楼というのは、夏目漱石も和歌浦にきて泊まった宿ですが、河上肇が滞在したことを初めて知りました。この時期に経済学者・櫛田民蔵から「あなたのマルクス理解は本物ではない」という批判を受けます。批判は、「改造」という雑誌に載るのですが、櫛田はその前に河上に手紙を書き、面談もして批判の趣旨を話すのです。年下の櫛田から批判を受けた河上は、「なるほど」ともう一度、資本論はじめマルクス学を研究しなくてはならないと悟り、これまで勉強していなかった弁証法的唯物論や史的唯物論から勉強しなおしたということでした。

 櫛田民蔵というひとは、河上肇のように実践活動には踏み込まない学究でしたが、河上肇のマルクス研究を先導したといっていいのでしょうか。公開の場で批判する前に手紙も出し、河上肇もそれを受け入れて勉強しなおす。なんとも、ほのぼのした思いにつつまれます。論争や批判というものがあってこそ、理論研究もすすむのですね。

 ところで、櫛田民蔵の著作は、今日ではほとんど読まれることもないでしょう。その奥さんの櫛田ふきさんは、戦後も母親運動などにかかわりました。「母親通信」という薄い冊子がありました。その発行責任者が、櫛田ふきさんだったと思います。(2021年10月)


# by saikamituo | 2021-11-03 12:12

「何回読んでもわからない」が珍しいことなのか?


「何回読んでもわからない」が珍しいことなのか?

「30年ぶりの資本論読書会」(続き)

      資本論読書会  次回 11月9日(火)午前9時半

              次々回23日(火)午前9時半

                    海南生活相談所

          電話090・9612・0911(雑賀)

1 「学習新聞第457号」をいただきました。東山副会長の「核兵器禁止条約と科学者の社会的責任」は立派な論文ですね。アインシュタインと原爆開発、大まかには知っていても私の知らないこともたくさんあって勉強になりました。そこにでてくる坂田昌一は、エンゲルスの「自然弁証法」を座右の書にしていたんだそうですね。

2 私も同じ号に投稿しました。「30年ぶりの資本論読書会」という表題で、スペースをとらないように(その1)(その2)(その3)と分けて書きました。すると、松野さんから「学習新聞が週刊だと誤解していませんか」という電話です。私は三か月かけて掲載してもらうつもりでいたのです。ところが松野さんは、「一挙掲載」してくれたものだから、妙な中見出しのようなものがはいってしまいました。

 ところで松野さんは「雑賀先生から何回読んでもわからないから教えてくれとは?」と「妙な表題」をつけてくれました。しかも、「巻頭」で「……驚きました。いつも講師をして、質問に回答をしてきた人がですよ。(笑い)」となっているのです。笑われて怒っているのではないのですよ。「何回読んでもわからない」というようなことがない人がいたら、「あなたは一字一句にこだわって読んでいますか?」と逆に問い返したいと思うのです。堀江正規先生は、そういうことで「文章の読み方」という講義をされたのだと思います。

 ところで、前号への投稿で「アンダーライン部分だけ削除してくれたら納得ですが…。(P9)」と書いたのですが、編集でアンダーラインが消えています。これでは意味が通じません。〈怒ってる・笑〉「より多くの労働を、したがってより多くの価値を表していたにもかかわらずそうだったのである。」と引用したのでした。

3 ところで、マルクス・エンゲルスの古典で、「何回読んでもわからない」箇所をもう一つ上げてみます。

 「奴隷制は蒸気機関や紡績機なしに廃止できないし、農奴制は農業の改良なしに廃止できないということ」(ドイツイデオロギー・岩波文庫ワイド版P214) 



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これは、奴隷制と農奴制が逆ではないか、マルクス・エンゲルスの書き間違いではないかということに私はこだわってきています。奴隷制社会で農業が発展して農奴制に移行し、さらにマニファクチャから機械製工業に支えられて資本主義に移行したのではないのでしょうか。

 この個所に「マルクス・エンゲルス全集」に(注)はついていないだろうかと「全集(第三巻)」のページをくりました。ところが、見つからないのです。そこで、わかったのは、最初に発見されたドイツイデオロギー草稿には入っておらず、バーネという研究者が1962年に発見した草稿だということで、「全集版」では「補遺」として収録されているのです。(「マルエン全集3」 P603「補遺」)この2ページ足らずの文が、本文P38下段に入るとされています。


4 こうなると、バーネが発見した草稿を組み入れたテキストがそれぞれの翻訳でどうなっているのかを見たくなります。「ドイツイデオロギー」の翻訳は、いくつもあります。

 「マルエン全集3」(真下真一他訳・大月書店)1963年発行 600ページをこすこの巻の大部分が「ドイツイデオロギー」となっています。

国民文庫版「ドイツイデオロギー」(大月書店)1965年発行。「全集3」の前半「第一巻 1 フォイエルバッハ」までですから、真下真一訳となっています。バーネ草稿は収録されていません。

以下紹介する訳本は(したがって論争も)、この部分に限定されています。

 「手稿復元新編版ドイツイデオロギー」(広松渉編・河出書房新社)1974年発行。これは、箱入り2冊。一冊はドイツ語、1冊は日本語訳。それぞれが草稿に忠実なように見開き2ページを使って、贅沢に余白をとっている特別な版です。広松渉さんという研究者は、共産党とは一線を画す研究者らしく、「前衛」誌か「経済」誌で、この方への批判的論評を読んだ覚えがあります。

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「草稿完全復刻版ドイツイデオロギー」(渋谷正編・訳)新日本出版社、1998年発行。これも箱入り2冊。広松版とおなじように、見開き2ページに贅沢に余白をとって、手稿の忠実な復元をこころみている。ただし、ドイツ語のテキストはなく、一冊は「注記・解題」となっている。渋谷さんは、広松渉さんを批判する立場の研究者で、翻訳は最初、「前衛」誌に掲載されたと記憶する。

* これは私の思い違いで、「前衛」誌に掲載されたのは、服部文男氏の訳で、のちに「古典選書」の一冊として発行された。私は、「なんと読みやすい訳なんだろう」と思った記憶があるが、本箱に「古典選書」は見つからない。「前衛」誌に載ったので買わなかったのだろうか。この度、ネットで注文してみたら、「品切れで入荷はわからない」とある。古本で手に入れた。

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「マルエン8巻選集1」(大月書店 1973年発行)

 岩波文庫版(古在由重訳)1956年発行当然、バーネの草稿はふくまれていません。

 戦前には三木清訳もあるそうですが、私の手元にあるのはこれだけです。

 さて、ここからバーネが発見した草稿がどこに組み込まれているか探します。

「全集3」では、「本文P38」と、入るべき場所が指定されていることは先に紹介した通りです。「岩波ワイド版」と「河出新書版」は、同じ広松渉編ですから、すぐに見つかりました。ところが他の訳本(渋谷訳・8巻選集)では見つけにくいのです。「マルエン全集」というのは、アドラツキー版といわれるもので、とくにドイツイデオロギーは、スターリン時代の史的唯物論の理解に合わせて編集したといわれ、広松渉が「偽書である」と批判したものですから。

 端から読んで、バーネ草稿を見つける根気はとてもありません。そこで、斜め読みにして、有名な「名文句」を見つけて、赤鉛筆でマークし、栞をはさみます。たとえば「朝には狩りをし、午すぎには魚をとり、夕には家畜を飼い、食後には批判をする可能性である」という箇所。共産主義になれば人間は一つの職業にしばられなくなるということをマルクスが比喩的に述べた有名な箇所です。各訳本で、「食後に批判を」にマークします。「全集3」P29、「渋谷訳」P64、「広松・河出版」P34,「広松岩波版」P67、「8巻選集」P187,というような具合です。

そんなことをして、「全集版・補遺」で「バーネが発見した草稿」とされているものの一部が「8巻選集」ではP177 、「渋谷訳」P42、で見つかりました。私が疑問を持った奴隷制・農奴制についての記述はあるのですが、「書き間違い」というような注釈はついていません。さらに「バーネ草稿」の前半部分が、その箇所にはないのです。

一番新しい訳本である「岩波ワイド版」には「配置すべき場所が確定できない。手稿はきわめて痛みが激しく、しかも第一ページには、マルクスの落書き(人の横顔)で埋め尽くされていて判読は極めて困難である」と解説されています。マルクス・エンゲルスの手稿を読み解くことがどんなに困難だったかを実感しただけでよかったということにしておきましょう。

また、ドイツイデオロギーの翻訳者の間で、論争があることを紹介しましたが、「岩波ワイド版」の補訳者・小林昌人さんは、(広松渉さんが高齢・病気のため河出新社版を岩波ワイド版に移すのを助けた方)は、「渋谷正氏の翻訳……詳細な文献学的報告が盛られており、大いに助けられた」とリスペクトしていることを記しておきましょう。

ドイツ語を読めない者の、ひまつぶしの翻訳文献サーフィンの旅でした。

                 2021年11月5日記



# by saikamituo | 2021-11-03 12:02

渋沢栄一と青山半蔵

渋沢栄一と青山半蔵

1 「青天を衝け」と藤村「夜明け前」

 テレビドラマ「青天を衝け」で主人公が「世の中のために働きたい。勘当してくれ」と親に願い出る場面がでてきます。主人公は、明治財界を担って一万円札になる渋沢栄一だそうです。

この場面を見て「どこかで読んだ」と思い出したのは、島崎藤村の「夜明け前」でした。「木曽路はすべて山の中である」。木曽の馬籠宿の若者・青山半蔵は、平田篤胤の国学を学び、「尊王」の国づくりに若き血を燃やします。ここまではそっくりです。

 半蔵(藤村の父がモデルといわれる)は、維新後、夢と現実の違いの中で狂い死するのですが、渋沢栄一は、「資本主義の父」といわれ、一万円札になる。どこでどう違ったのだろうか。久しぶりに「夜明け前」を取り出しました。

2 「40年前に読んだ」と思い込んでいたのは、岩波文庫4冊の第1冊の前半だけ。しかもぼくは、平田国学に心酔して天皇中心の国づくりを夢見る青山半蔵の物語を、戦前の国粋主義に迎合した作品かと思って、読むのをやめたのでした。

 とんでもない。この作品は、太平洋戦争が始まっていたら書けなかったような作品ですね。大歴史ドラマだ。

3 服部之総(講座派の理論家)を読む

奈良本辰也編・岩波文庫・「黒船前後・志士と経済」(服部之総)にはいっている「汽船が太平洋を横断するまで」などなんと面白いんだろう。学問的に古いかどうかを超えて、文学作品だと思います。つづいて「志士と経済」という論文があります。

 その「岩波文庫」P154「藤村の『夜明け前』は、この見地から見て深い興味があり、文学的なだけではなく文献的な価値さえもつと思われる。」(服部)とある。

 ぐるっと回って、明治維新前夜に関心をもった出発点にもどってきた。

         

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4 ビデオ「80日間世界一周」(ヴェルヌ)を見る 

 イギリスの富豪が、「80日間で世界一周できるかどうか」で賭けをする。そのお供につく青年が面白い。今それを見ながら書いているのだがそれをこの文章に組み入れようと思ったのは、「スエズ運河」からの連想である。スエズ運河開通は、1969年(明治2年)だ。「汽船が太平洋を横断する」時代になり、スエズ運河も開かれた。この年に「世界一周」の主人公は、ロンドンから気球に乗って出発する。「世界一周」は、日本の開国で、経済的にも世界が丸くつながったことを反映した作品であった。

 福沢諭吉と渋沢栄吉そして青山半蔵

 同じ文庫本に「福沢諭吉」という表題の章がある。

 「『門閥は親の仇でござる』とこころに叫びながらついぞ陽に『門閥』とたたかったことがない、……。これを関東織物業中心地帯の資本家兼地主であり、かかるものをその多彩な『志士』活動の社会的地盤とした渋沢栄一の戊辰前史とくらべてみれば思い半ばにすぎるものがあろう。」と服部之総は書く。さらに「渋沢は途中で『転向』したが」とつづく。

 これだこれだ、「転向」できなかった「夜明け前」青山半蔵との違いだ。「国学」「王政復古」の夢を追い続け、それに絶望して狂い死にした青山半蔵と「尊王攘夷」から「開国」「文明開化」に華麗なる転身をして資本主義の道を切り開いたブルジョアジー・渋沢栄一とのちがいである。     (以上)


青山半蔵・渋沢栄一・福沢諭吉

明治維新をめぐって・服部之総の魅力 の要約です


# by saikamituo | 2021-05-26 10:25

青山半蔵・渋沢栄一・福沢諭吉(1)

青山半蔵・渋沢栄一・福沢諭吉

明治維新をめぐって・服部之総の魅力(1)

1 Sさんに、お教えを乞う 

      明治維新についての最新の研究は?

Sさんへ

以下「赤旗読者ニュース」のわたしの担当欄に書きかけた原稿です

「青天を衝け」と藤村「夜明け前」

 テレビドラマ「青天を衝け」で主人公が「世の中のために働きたい。勘当してくれ」と親に願い出る場面がでてきます。主人公は、明治財界を担って一万円札になる渋沢栄一だそうです。明治維新を前にして「尊王攘夷」か「開国」かで揺れ動いた時代の話です。

この場面を見て「どこかで読んだ」と思い出したのは、島崎藤村の「夜明け前」でした。「木曽路はすべて山の中である」の書き出しで有名です。木曽の馬籠宿の若者・青山半蔵は、平田篤胤の国学を学び、「尊王」の国づくりに若き血を燃やします。ここまではそっくりです。

 半蔵(藤村の父がモデルといわれる)は、維新後、夢と現実の違いの中で狂い死するのですが、渋沢栄一は、「資本主義の父」といわれ、一万円札になる。どこでどう違ったのだろうか。久しぶりに「夜明け前」を取り出しました。読んだつもりがはじめだけしか読んでいない。コロナで外出できないので読み始めていますがおもしろい。


 こんなことがきっかけで「夜明け前」を読みはじめています。

「40年前に読んだ」と思い込んでいたのは、岩波文庫4冊の第1冊の前半だけ。お粗末です。しかもぼくは、平田国学に心酔して天皇中心の国づくりを夢見る青山半蔵のものがたりを、戦前の国粋主義に迎合した作品かと思って、読むのをやめたのでした。

 とんでもない。1929年から35年までかかってかかれたこの作品は、太平洋戦争が始まっていたら書けなかったような作品ですね。大歴史ドラマだ。


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 ところで、私は、歴史の勉強をしていません。

 「明治維新史」といえば、服部之総の「黒船前後・志士と経済」、「明治維新のはなし」、羽仁五郎のものも探せばあると思いますがあまり読んでいません。「海舟座談(氷川清話)も面白いですが。

 「尊王・攘夷」と開国   水戸藩と徳川慶喜  

 尾張藩の役割   会津藩とは   江戸城無血開城

国学   廃仏きしゃくのその後  

岩倉視察団   西郷の征韓論   勝海州の中国・朝鮮観

「明治維新史」にかかわることが、テレビドラマで取り上げられ、NHKでも放映されます。

 「日露戦争」が、司馬史観でゆがめられる心配は、よく問題になります。(「坂の上の雲」は大変面白いのですが)

 「明治維新史」について、しっかりしたものを身につけておかないと危ないと最近思い始めているのですが、最新の研究で、読みやすいものはないでしょうか。

                      雑賀 光夫

2 Sさんからアドバイスをいただいた。

・・・・(略) また、服部之総や羽仁五郎……と書かれている雑賀さんの半世紀前以上[というか、これは1950年代でしょう]前のそれから、どれほどの多くの論文、研究があったのかを考えれば、さてさて、難問です。

  (中略) さて、雑賀さんの、〈最新の研究で、読みやすいものはないでしょうか〉ですが、「研究」と言われている以上、いわゆる一般の啓蒙書は望まれていないようなので、成田龍一(2012)『近現代日本史と歴史学』(中公新書)の序章、第1~第3章を参考に、選ばれるのがいいのではと思われます。

これで、服部之総や羽仁五郎でとどまっている雑賀さんの知識も、豊富になるでしょう。いわゆるメタ・歴史学とも言えるもので、歴史学を説明する歴史学とでも言える、そんな珍しい、困難な内容に挑んだ、文献ですので、日本資本主義論争からあまり進んでいない、雑賀さんの知には、十分こたえるものになっていると思われます。

3 Sさんに、「いまだに日本資本主義論争か」と笑われたので、紹介いただいた本が手に入るまでの間、あえて古いものを読んでいます。

奈良本辰也さんが編集した岩波文庫・「黒船前後・志士と経済」(服部之総)に「攘夷戦略史」という小論文があります。20数ページのもの。これを拡大コピーして読み始めました。文中にでてきた出来事を、和暦・西暦の入った年表に入れながら読みます。そうでないと頭に入らないのです。(作った年表は後出)

「スローガン『尊王攘夷』はなにも最初から倒幕を内容とするものでもなかった。『天下副将軍』的なスローガンとして生まれたものである」と書き出されています。

最後は、まだ帝国主義の時代に入っていなかったイギリスの公使・パークスとフランス・ボナパルティズムの日本代表ロッシュの腕比べ」「討幕派に率いられた藩士大衆は、しょせん封建制の全織物とともに廃棄される運命にあった」等々の結論に至ります。

そこに、アマゾンで注文した本がつき、読み始めました。成田龍一(2012)『近現代日本史と歴史学』(中公新書)です。

 P27 加藤祐三の「開国論」。江戸幕府は、黒船で右往左往したのではなく、堂々と交渉したという解説をNHKでみて、「へー、こんな見方があるのか」と私が思ったのがこの説だったのですね。

 第二章 明治維新 倒幕 にはいる。「出発点は講座派理論だった」という。野呂栄太郎、服部之総。ここへくれば、自分の庭先みたいなもので、読みやすい。これが、どう変わっていくのか楽しみ。

 どこまで真面目に読み進めるかはわかりませんが、いい本を紹介していただきました。

 すこしこそ飛ばしたが、ななめ読み。「第一期」「第二期」「第三期」とあるので、もう一度初めに戻り、歴史研究の時代区分を確認しなおしてからまた読み進める。「大正デモクラシー」の評価もこんなにいろいろあるんだなあ。



# by saikamituo | 2021-05-24 15:05

明治維新をめぐって・服部之総の魅力

5 しかし私の古い頭は、再び、服部之総に立ち返りたくなり、岩波文庫を読んでいます。

 「汽船が太平洋を横断するまで」などなんと面白いんだろう。学問的に古いかどうかを超えて、文学作品だと思います。

 服部之総のものをほかにも持っていたので開いてみた。「親鸞ノート」である。「雑賀蔵書1972,5.16 No.86」とあるから、私が教員になって5年ぐらい、亀川中学校に勤務していたころに買ったものだ。「梅棹忠夫」の「知的生産の技術」がでて大流行になり、ぼくも「ブックカード」など作り始めたのでした。

冒頭論文は「三木清と『親鸞』」である。

 服部は三木の遺稿「幼きもののために」について次のように触れる。

 「この『幼きもののために』ほどうつくしい文章を、ひとはめったに書くことはできない。それどころか、私はこれほど美しい文章にこれまで接したことがなかったといいたいほどの衝動を覚える。私は、『河上博士』の自叙伝を読みながら日本の文学者を軽蔑したい気持ちを味わったが、三木の『幼きもののために』を読んで、一時は文学なるものに嫌悪を感じた」と服部はいう。

 文学作品よりも文学的だといいたいのであろう。私は読んだこともない。本箱にあるのは、「哲学ノート」という文庫本だけだ。わかりにくいものだ。

 学生時代にこの文庫を手にして、「資本論がいくら難解だといっても、端から読んでいけばかじっていける。ところが、三木の「哲学ノート」などというものは、かじっても論理の飛躍があってかじりようがない」と思ったことがある。「河上肇・自叙伝」は、もう一度読んでみようか。三木の「幼きものへ」というのも探してみようかと思う。こんなことを書きたくなるのは。「服部之総の歴史随筆が、文学作品以上に文学的だ」と思って寄り道したところで、服部が河上・三木の文章に同じことをいっているからだ。

 いま、「志士と経済」に取り掛かっています。これは、読みづらい。私に基礎知識・素養がないからです。

 「梅田雲浜」という人物を知らない。ネットで調べて生没年を、手作り年表にいれる。西郷と照月の入水自殺というのが出てくる。聞いたことがあるような気がするが知らない。ネットで調べてやっとわかった。私は照月という女性と心中しかけたなのかと思ったら、照月というのは男の坊主だ。これも年表に入れる。

 「文庫」154「藤村の『夜明け前』は、この見地から見て深い興味があり、文学的なだけではなく文献的な価値さえもつと思われる。」(服部)とある。

 ぐるっと回って、明治維新前夜に関心をもって、Nさんに「教えてくれ」となきついた出発点にもどってきた。

               2021年5月18日記


# by saikamituo | 2021-05-24 15:04