雑賀光夫の徒然草

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ガンビのはなし・没にした原稿

ガンビのはなし
  ・没にした原稿

 
 「議会と自治体」編集部から「和歌山の教育についてのとりくみをまとめてください」といわれて原稿を書き始めました。最初の草稿の書き出しが、以下の分です。
しかし、これは教育・労働運動家としての私の個人的問題意識がですぎると思って、没にしました。しかし、捨てがたく、ここに掲載します。

1 子どもをまるごとつかむ

 和歌山県の民主教育をささえてきた合言葉に「子どもをまるごとつかむ」という言葉があります。子どもの学力・体力・情操・徳性の発達だけでなく、子どもをとりまく家庭や生活をふくめてとらえなくてはならないという意味でしょう。
 和歌山県では戦後の生活困難をかかえる子どもたちと向き合って教育実践をすすめてきた中に、こんなエピソードがあります。
 和歌山県南部の西牟婁地方での話です。子どもたちは家計をたすけるために、山に雁皮をとりにいきます。子どもたちにとって重労働です。雁皮というのは、コウゾ・ミツマタとともに和紙の原料になる植物です。「雁皮は、お札になるそうや。けど、雁皮ひきにいく兄ちゃんも僕もお金がない」と生活綴り方に書きます。「働くものがどうして貧しいのか」と告発した綴り方です。
 この教育実践が、教育研究集会で報告されました。「こういう実態をどう考えてどう取り組んだらいいのでしょうか」という報告者の質問に、助言者席にいた勝田守一教授(戦後民主教育の大御所というべき東京大学教授)が「私にも分かりません」とお答えになったという話です。
 私が、和歌山の同和教育などの民主教育の歴史を考えるとき、いつも思い出すこのエピソードは、民主的な同和教育の発展に大きな役割を果たされた西滋勝和歌山大学教授(故人)からお聞きしたものだと思っています。
 若かった西先生は、勝田先生という大御所が、「私にも分かりません」とお答えになった率直さに感動されて、私たちに語られたのでしょう。そして、どうしていいか分からなくても、子どもの生活の事実をつかむことが、その後の民主的な教育実践の出発点になったんだということを私たちに教えるためにこのエピソードを語られたのだろうと思います。
 労働組合運動の理論の発展に貢献された堀江正規先生は、ことあるごとの、エンゲルス「イギリスにおける労働者階級の状態」の冒頭にいわれている「労働者階級の状態は、すべての社会運動の出発点である」という言葉を引用されました。
 子どもの状態・労働者階級の状態をリアルにつかむことが、昔も今も、教育でも労働運動でも出発点だと思うのです。



あとがき
 このエピソードが、西先生がどこで語ったのか。著作を探したがわからない。
 ここまで覚えているのだから、誰かに聞いたものに違いない。
 池田孝雄先生にお聞きしたら、「その話、よく知らないが、浜本收(元県会議員・白浜町長)の実践ではないか」と言われた。いまでは、確かめようもない。
2012年2月12日

追記
民研の教育運動史研究班に入れてもらっている。
 和歌山の教育遺産を掘り起こして「解題」を書く仕事をしている。
 そこで「ガンビの話」をして「出典がわからないか」と言ったら、今日、楠本一郎さんからメールがとどいていた。
 西滋勝先生体感記念「教育学研究収録」1989年 所収
 「責善教育の歴史と教訓」初出1985年 県・高教組責善集会講演
であることが分かった     1917年1月24日 

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by saikamituo | 2010-07-29 02:01