雑賀光夫の徒然草

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朝青龍問題に思う

朝青龍問題に思う
(一)
 僕はスポーツの問題は何も分からない。だから僕が考えることは見当違いかもしれない。しかし、朝青龍の問題でマスコミで言われていることには違和感を感じて、仕方がない。ただ、朝青龍の最後の暴力問題は、文句なしに許されない行動である。しかし、それまでのさまざまな問題、「モンゴルでのサッカー」「毎日稽古しない」「ガッツポーズ」などの問題は、文化の違いではないかと思う。批判する側が狭い日本の「相撲文化」にとらわれていて、グローバルの時代についていけない「漫画」のような気がしてならない。
 やくみつるさんも、自分を漫画の対象と考えてもいいのではないか。
                (二)
 今日のテレビで冬季オリンピックについての報道をしている。スキーの「ノルディック複合」というのだろうか、ジャンプとクロスカントリーを組み合わせた競技で、日本選手はゴール直前で勝利が確実になって「日の丸」をもってゴールした。しかし、スポーツ競技は、「より高く・より早く」をめざす以上、競技に勝てるからといって国威高揚などせずに、競技に集中すべきだという意見があってもいいのではないか。そんな批判は聞いたことがない。
 野球では普通のことであるガッツポーズが、相撲ではタブーなのだろうか。柔道のヘーシングが勝った時に、沸き立つ自分の応援団を抑えたということもいわれるが、そんなことまで探し出して、ガッツポーズを批判することに、違和感、日本的狭さを感じるのはおかしいのだろうか。
                (三)
 「仮病で巡業を休んで、モンゴールでサッカーをしていた」と批判される。僕は、朝青龍のサッカー映像に感嘆した。「なんとすばらしい運動能力だろう」と。そこには、奇形化せずに全面発達したスポーツマンの姿があった。
 「相撲取り」というものは、ちゃんこ鍋を食べて体重をつける。それは、医学的にはどうなのだろうか。太りすぎた体は、命をちぢめるのではないだろうか。相撲取りの平均寿命の統計があれば知りたいと思う。僕の周りでも、かつてのスポーツマンが、腰を痛め、肩を痛め、50歳、60歳になって体を壊している例は枚挙にいとまがない。
 相撲取りであっても、自分の体が休養を必要と感じたら、巡業を休んで休養する、休養の間には、体に無理のないゴルフでもサッカーでもして、リフレッシュするという権利は、相撲文化より上位の、人間としての基本的人権ではないのか。そんなことを認めない「相撲文化」のほうが奇形ではないのか。ちゃんこ鍋を無理に食べて体重を増やして相撲に強くなるが命を短くするとすれば、それはスポーツとして奇形である。
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by saikamituo | 2010-02-11 21:30