雑賀光夫の徒然草

saikamituo.exblog.jp
ブログトップ

<   2009年 05月 ( 2 )   > この月の画像一覧

魔球・スライダー秘話 それはグラムシ研究者が生んだ

魔球・スライダー秘話 それはグラムシ研究者が生んだ
(一)
アントニオ・グラムシというのは、イタリア共産党の創始者の一人である。不破哲三さんが若いころの著作「マルクス主義と現代修正主義」のなかで、その哲学が弱点をもっているにもかかわらず、グラムシは偉大なマルクス主義者であると評価した。レーニンが「鷲は牝鶏よりもひくくおりることもあるが、しかし牝鶏は決して鷲のように飛び上がれない」とローザ・ルクセンブルグを鷲にたとえたのになぞらえて、グラムシを鷲であるとたたえたのであった。
*「現代修正主義とグラムシの理論」(初出・文化評論1964年5月号)
最近、このグラムシを寝床に持ち込んで読み始めている。とっかかりは、竹村英輔「グラムシの思想」(1975年刊)であった。
そのはじめのほうで、あっと思うような文章に出会った。
「創始者(注 マルクス・エンゲルスのこと)によって体系的に叙述されることのなかったひとつの世界観の誕生を研究する場合には……ライトモチーフの探求、すなわち発展してゆく思想の律動のほうが、個々の偶発的主張や独立した格言よりも重要でなければならない。」
不破さんがマルクス・エンゲルス・レーニンを、その思想の発展の歴史の中で読むということを強調している。グラムシが言っているのは、まさにそのことではないか。さっそく「グラムシ選集」②P16のその箇所にもあたってみた。
私がグラムシを読むのに一番重宝したのは、「現代の君主」(青木文庫・石堂清倫他訳)であるが、この本は、いわば「グラムシ語録」というべきものである。グラムシの重要な論点を拾い出してくれている大変便利な本なのだが、不破さんとグラムシの指摘によれば、この本を読んでグラムシがわかったというような顔をしてはいけないということになる。
d0067266_22571741.jpg

             (二)
グラムシを読み返すとなると、やはり気になるのは、唯物論哲学についてのグラムシの弱点として、不破さんも指摘した点である。
「科学においても、人間の外に現実、実在を求めることは、実在を宗教的・形而上学的に理解することであり、逆説としか思われぬ。…この人間的活動をはなれて『客観性』にどんな意味があるのか…」(「グラムシ選集」④P267)
不破さんは、政治論ではレーニンを支持したグラムシも、レーニンの哲学研究(唯物論と経験批判論)を摂取できなかったのだろうとする。
また芝田進午氏は、グラムシにそれとは相反する主張がある(「選集」第二巻P190)ことを紹介しながら「グラムシの思想には、自然の先行性、自然史的世界観を否定する『唯物史観主義』と、これに対立する立場が『共存』している」と指摘する。(講座「マルクス主義哲学」①P109「マルクス主義における自然と人間」1975年刊)
竹村英輔「グラムシの思想」は、さきに引用したグラムシの見解を、「しばしば、自然の先位性の否定のように引用されたが、人間の認識の歴史的社会的相対性の否定に対する詰問として…理解すべきではないか」として、「科学においても…」の一節のご自身の訳文を示しながら「すなわち、人間がなかったとしたら、という仮説が成り立たぬことを指摘しているという意味で、むしろマルクスの『経済学哲学手稿』(岩波文庫P109-110)の指摘と共通であり、《芝田氏の批判は》原文全体と訳文を再検討すべきである」とされる。
僕は、岩波文庫版をもっていないので、また買わなくてはならないことになる。

              (三)
「グラムシ選集」は合同出版社から出されている。私には思い入れが深いもので、第一巻、第二巻は古本屋で買った。第一巻は、第7刷(1969年、定価1000円)、第二巻は、第1刷(1963年、定価800円)。第三巻以下は、初版本が絶版になってから15年以上たって出された「改装版」で、定価2500円である。このころは、多少は本代を使えたので第六巻まで新本を買った。 
「グラムシ選集」の監修者は、山崎功さんである。有名なイタリア研究者で、ながくイタリアにもおられて、イタリア共産党の幹部とも深い付き合いがある。グラムシ研究の第一人者で、「構造改革派」とも見られてきたが、ひとつの分派にばかり肩入れすることなく、バランスを取れた方である。
山崎功「わが回想…イタリアとの60年」という本がある。氏は、1980年代、肺がんになり余命いくばくもない時期に、グラムシ研究会のみなさんが企画して、山崎氏から聞き取りをして本にしたものである。(1983年刊)出版社「同時代社」の社長・川上徹氏が協力したという。この企画に賛同したメンバーが紹介されているが、労働運動の太田薫、岩井章などとともに、日本共産党関係者では、宮本顕治、蔵原惟人、春日正一、上田耕一郎、不破哲三などが名前を連ねている。巻頭には、詩人・佐藤春夫と一緒にとった写真があり、交友の広さが分かる。
巻末に、登場人物のリストがあるので眺めていたら「川上哲治」(野球の神様)が出てくるのでページを繰ってみた。「スライダー事始」という一節がある。
戦後の一時期、山崎功氏は、読売新聞社にいた。戦争のブランクがあるので向こうの球界がどうなっているのか調べてくれと頼まれて、たまたま「ハウ・ツー・ピッチ」という本を翻訳した。「スライダー」という単語を「スライディング」のことかなと思っていたら、覗き込んだ「三原」(のち西鉄監督で「魔術師」といわれるが、巨人の名三塁手だったと思う)が「それは球のなにかの種類やでえ」といいだして、そのスライダーを藤本投手がつかって、パーフェクトゲームをやったという話だ。
「中尾のために訳してやったんですよ。スライダーのことを。そうしたら中尾が不器用でね、ダメで、藤本がそれで完全試合をやったんですよ。」
知的探求のつもりだった「グラムシへの旅」(山崎功さんの著書一冊の名前を拝借)が、年齢のせいで脱線してしまう。

* スライダーについてインターネットで調べてみると「日本では、1950年にプロ野球初の完全試合を達成した藤本英雄が最初に習得したといわれる。」とあるが、この「秘話」は紹介されていない。    
(完)

[PR]
by saikamituo | 2009-05-26 22:32

アンナ・カレーニナ雑感

アンナ・カレーニナ雑感
          
 (一)
アンナ・カレーニナの演劇が栗原小巻さん主演で上演されるので、久しぶりで中央公論社の「世界の文学」(上下二巻)をとりだした。
d0067266_20282853.jpg

名作というものは、書き出しに作家は全神経を集中する。「我輩は猫である。名前はまだない」(「我輩は猫である」漱石)「親ゆずりの無鉄砲で子どものときから損ばかりしている」(「ぼっちゃん」漱石)「山道をあるきながらこう考えた。知に働けばかどがたつ…」(「草枕」漱石)「トンネルをでるとそこは雪国であった」(「雪国」康成)、「地獄さえぐんだで」(「蟹工船」多喜二)など、それぞれが印象に残る名文である。
マルクスの「資本論」の書き出し「資本主義的生産様式が支配している社会の富は膨大な商品の集積としてあらわれ、個々の商品はその要素形態をなしている」という書き出しを、「プーキシンの小説の書き出しと同じように、書き出しから本質に読者を引き込むものだ」と吉井清文先生が40年近く前の和歌山での「資本論講座」で話されたことがある。これはすごく印象にのこっている。後になって、これは、堀江正規先生の受け売りではないかと思った。(間違っていたらゴメンなさい。)
こんな脱線をするのは、アンナカレーニナの「書き出し」にふれたかったからである。それは次のようになっている。
Happy families are all alike; every unhappy family is unhappy in its  own way. (すべての幸福な家庭は似たようなものだが、それぞれの不幸な家庭は、それぞれの姿で不幸なのである)それに、オブロンスキーという人が、家庭教師のフランス人娘と不倫したことで家庭がメチャメチャになっているという状況描写がつづく。
英語版を紹介したのは、日本語で読んだときにはあまり印象にのこらなかった書き出しが、英語版で読みだしたとき、私にはすごく印象にのこったからである。ただ、正直にいうが、英語版を読んだのは、その1ページだけである。

(二)
 「書き出し」で紹介した「我輩は猫である」「草枕」などは私の愛読書であって、適当に開いて読み出すから、同じ場所を十数回読み返している。「我輩は猫である」でいえば「迷亭がそばを食う場面」「寒月君がバイオリンを買いに行く場面」「金田の鼻というお嬢さんのこと」など適当に開いて面白く読む。「草枕」のなかに、そういう小説の読み方をといた部分がある。
 こんないいかげんな小説の読み方をするから、世界の長編小説も、日本の純文学も、プロレタリア文学も、なかなか繰り返し読むということにならない。「レ・ミゼラブル」も「谷間のゆり」も「デビッドコッパーフィールド」も、一回読んだきり。「レ・ミゼラブル」は有名な「銀の蜀台」の場面や、地下水道の逃避行の場面や、かわいいコゼットの印象は残っているし、「谷間のゆり」は貴族婦人との官能的な恋の話だったという記憶はあるが、定かでない。「デビッドコッパーフィールド」にいたっては、どんな筋書きかさえも分からない。
 そんな私が、2回くりかえして通して読んだのがトルストイの「アンナ・カレーニナ」と「戦争と平和」なのである。「アンナ・カレーニナ」の三度目の通読である。
d0067266_2030165.jpg


(三)
この小説は、人妻であるアンナ・カレーニナとヴォロンスキーの不倫の恋(それは、アンナの鉄道自殺でおわる)とレーウィンとキティの純愛という二つのテーマによって織り成されている。アンナが鉄道自殺したあとは、なにか気の抜けたビールみたいな気がするなと思いながら、一応最後まで読んで、第一巻の最後についている翻訳者・原卓也さんの「解説」に目を通した。
そこで驚くべきことを発見したのだ。トルストイがこの小説を書くことになったきっかけは、プーキシンの小説の書き出しへの感動だったというのだ。それは、「客たちは××公爵夫人の別荘に集まってきた」という書き出しであった。
なんと、私が吉井清文先生に40年前にお聞きした(堀江正規先生からの受け売りではないかと根拠もなく決め付けた)まさにそのものではないか。
 解説はさらにつづく。「ただ、セルゲンコのように、トルストイが「客たちは……」という一句に感動して、ただちに事件の中心に読者を引き入れる、『オブロンスキー家では何もかも混乱してしまった』という句で小説を書き始め、あとから現在の書き出しの句、『幸福な家庭はみな同じように似ているが……』を付け加えた、と説くのは明らかに誤りである」(なぜ誤りかの説明が続くが、私の文脈では、それはどうでもいいので省略する)
 「私が驚くべき発見」(私が驚いただけで誰も驚かないだろうが)と述べたのは、この雑文の(一)(二)を書き始めたときは、原卓也さんの「解説」を読んでいなかったのだ。原さんの「解説」で、私が自分が知っていることをひけらかすつもりで書き出したことが、実はこの大作の執筆のきっかけになっているといわれると、私のあてずっぽうが当たったようで、うれしくなるのである。
 その後になって、僕は、「アンナ・カレーニナ」の書き出しが大変有名だということをはじめて知った。

(四)
 原卓也さんの解説は、「『アンナ・カレーニナ』を表紙がぼろぼろになるほど何度も読み返したといわれるレーニンは、この小説の持つ社会的な意義を高く評価して……」とつづく。レーニンの有名な論文「ロシア革命の鏡としてのレフ・トルストイ」を紹介する。原卓也さんは、その論文を全面的に受け入れているわけではなさそうだが、僕は、あらためてレーニンの論文を読みたくなった。手元に、堀江正規先生が講義されたテープを吉井清文先生が出版された「文章の読み方」という本がある。その中に、ゴーリキーのトルストイ論がある。そこでは、トルストイの宗教観が語られる。「アンナ・カレーニナ」のもうひとつのテーマであるレーウィンの宗教観が、それと重なることが分かる。僕が「重なることが分かる」といえるのは、この本に紹介されているゴーリキーの文章と堀江先生の解説文を何度も読み返したからだろうと思う。どこかでゴーリキーの文章を読んでいてとしても、こんなことは書けなかっただろう。吉井さんが編集した堀江先生の講義は、すごいものなのだ。
 この本には、レーニンの「ロシア革命の鏡としてのレフ・トルストイ」が全文紹介され、堀江先生が解説されている。もう一度、読み返してみよう。
 僕は、トルストイの作品では、「アンナ・カレーニナ」よりも「戦争と平和」の方が、スケールが大きい、すごい作品だと思っている。若いころ、この作品は、「史的唯物論を説いている」と思いながら読んだ。「戦争」という歴史の激動が、そこで生きている個人の思惑とは離れて動いていくことが分かるからである。
 小林多喜二が、「『戦争と平和』のような作品をわれわれの文学運動が生み出さなくてはだめだ」と宮本顕治さんに語ったということが、「宮本顕治文芸評論選集」(多分第二巻)にでてくる。
 この雑文が、若い人たちが、トルストイや堀江先生、レーニン、宮本顕治さんの若き日の論文を読むきっかけになればうれしいと思う。
 
 * レーニンの「ロシア革命の鏡としてのレフ・トルストイ」には、アンナ・カレーニナなどトルストイの特定の作品名は挙げられていない。原卓也さんが「表紙がぼろぼろになるまで読んだ」というのは、何を根拠にしているのだろうか? インターネットで「レーニンとアンナ・カレーニナ」を検索してみた。
 「レーニンは、亡命先でこの本を100回も読み返し表紙がバラバラになった」とレーニンの妻・クルプスカヤがレーニンの母宛の手紙に書いているそうである。
(2009年4月書き始め、5月19日完)
d0067266_20304110.jpg

[PR]
by saikamituo | 2009-05-20 19:29