雑賀光夫の徒然草

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角谷先生をしのんで

   弔  辞

角谷義久先生

 あれは8月の暑い日でした。先生は私をつれて国吉を回ってくださいました。二期目の県会議員選挙をひかえて、選挙区がひろがったときでした。先生は、若いころ国吉小学校に勤務され、最後は国吉小学校の校長でした。退職後は、自然体験・世代交流センターで、地域の人々からしたわれました。先生にとって、国吉の地域は、自分の手のひらのようなものだったのです。
イノシシ防護柵をつくっているみなさんと話をしましたね。むかし、この辺に山津波があったという話も聞きましたね。
 車で移動中、先生はおっしゃいました。「昔、この道を通って、嫁さんの家に通ったんだ」と。そうです。先生にとって、国吉は、奥様と結ばれた土地でもあったのです。
普段、冗談に「女の人は誰でも好きだ」というようなことをおっしゃりながら、実は早くなくなった奥様を深く愛していらっしゃることが、感じられた一言でした。いま、先生は、愛する奥さんのところに向かっておられるのですね。

 角谷先生は、ひょうひょうとしながら、いつも回りの私たちを明るくし、ほっとさせ、励ましてくださる方でした。
 教職員組合の一員として、生活と権利、民主教育を守るためにたたかいましたね。そして海南海草同和教育協議会の会長を勤められました。同和教育運動は、底辺の子どもを大切にする民主的な教育をこの地域に広げました。そして、同和問題が基本的に解決した段階では、同和教育は終結し、民主教育をいっそう進めようということを呼びかけるものでした。

 先生は退職後には、この地域の退職公務員連盟の会長など、幅広い活動に当たられましたが、最後の大きな仕事は、医療生協の総合介護センター「げんき」を、立ち上げることでした。地域で募金をあつめ、医療生協でも初めてだという地域からの盛り上がりによる介護センターの立ち上げでした。先生はその建設委員長の大役を勤められました。いま、介護センターが立派に完成しました。

 私は、介護センターの開所式で挨拶させていただきました。
 「お年寄りがつどい、土いじりができ、ピアノがあって、歌声があふれる、そんな介護センターにしたいなど、いろいろな方から夢を聞かせていただきました。
 「夢が形になる」みなさんの合言葉です。
 アメリカでは、初めての黒人大統領が誕生しました。その40数年前に、黒人公民権運動の指導者・キング牧師が呼びかけた有名な演説、I have a dream.私には夢がある。みなさんの「夢を形に」と重なります。
 いま、政治は、お年寄りを大事にしているとはいえない。
 しかし、I have a dream.この介護センター「げんき」が、お年寄りのみなさんのよりどころになる。若い人たちも集まってきて、お年寄りと交流する。子どもたちがやってきて、おばあちゃんから昔話をしてもらって、一緒に土いじりをし、一緒に童謡をうたう。
 そしてI have a dream.そんな暖かさが、介護センターを中心に社会全体にひろがっていく。子どもたちにも、お年寄りにも、暖かい社会と政治に変えていくことを。」
それは、先生と私たちの共有する夢であります。

 角谷先生より先に、先生の盟友であった田伏道男先生がなくなられました。その追悼集会の準備していた会場で、先生は私に「雑賀くん、わしの写真をとっといてくれ」といわれて、ポーズをとられた写真を、私はこの手に持っています。何を思って私にそういわれたのでしょうか。
 角谷先生、そしてその盟友であった多くのみなさんの意志を引き継ぎ、その夢を実現するために私たちはがんばってまいります。
奥様とご一緒に、私たちを見守ってください。さようならとは言いたくありません。先生はいつまでも私たちとともにいると思っています。

 2009年2月5日
               県議会議員  雑賀 光夫

お棺に入れていただくようにお願いした弔辞です。
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by saikamituo | 2009-02-06 00:19