雑賀光夫の徒然草

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「国民教育運動特別分科会への報告」

教育研究・実践の発展のために

一九七八年三月二〇日「国民教育運動特別分科会への報告」
     和教組書記次長(当時) 雑 賀 光 夫
 
【まえおき】
この一文は「特別分科会」で発言するために書いてみた原稿です。この年(1978年)の分科会の最後に、本文の内容の一部を発言させてもらいました。
 偶然の一致ですが、この年から和大の先生方の協力も得て十年間ほどとぎれていた特別分科会報告書が再び出されるようになりました。こんな発言をしたものとして、大変うれしく、つみかさねをお願いしたいと思っています。
 今年の「特別分科会」は、統一労組懇の総会とかさなってしまいました。感動的な報告が多かったというはなしを聞いています。ところで、その会が終ってから和大の西滋勝先生が「かつては和教組の役員がみんな、現場の実践から学ぶ場として『特別分科会』に出席したものだったのですが……」ともらされたそうです。六年前、自分が発言したことを逆に指摘されたようで、穴があったら入りたいようを気がしました。
 今から読み返してみますと、恥ずかしくなるような気負いや、当時わからないまま読みかじっていた見田石介先生の弁証法についての論文から「弁証法のヘーゲル主義化」などということばをひいているところなどあり、書きなおそうかと思ったのですが、文章というものはなおしはじめるときりがなく、勢いがなくなるものですから、恥ずかしい文章のままでご検討いただきたいと患います。
(一九八四年三月)
【まえおき 後記】
 ふとした事情で、1978年に書いて数年後に民研「月報」の原稿不足につけ込んで載せてもらった一文を引っ張り出した。赤面するばかりだ。「まえおき」で言いつくろっているがそれでもはずかしい。
 ただ「4つの教育研究組織」のそれぞれの役割と当時の「国民教育運動特別分科会」の果たした役割、それに付け加えて森畑教文部長が民研の役割を「コントロールタワー」と呼んだことがあるが、そうした問題意識で論議したことは、いまでも意味のあるように思うのです。    2014,7  雑賀 光夫

一、国民教育運動特別分科会の位置づけ

 国民教育運動特別分科会は和歌山県の教育研究・実践・要求運動(以下教育運動)の総路線を総括し、発展させる場である。教育運動とはどういう内容を含むのか、箇条的にあげてみよう。
(1)教師による教科教育実践
(2)教師による教科外教育実践(問題別ともいう)
(3)それらのための教育研究運動(サークル・種々の教研集会、官制・半官制研究会、現職教育など)
(4)民主的な学校づくりと教職員集団
(5)父母とともに進める教育運動(教育そのもの、教育条件、教育環境)
(6)研修権
 まだ、ぬけおちているかもしれない。これら多岐に上る内容は、それぞれの研究集会、また分科会で深められなくてはならない。そこで深められたものをもちより、今日の教育をめぐる情勢、こどもの現状との関係で、民主的教育運動の発展をあとづけ、発展方向を
さし示すために太い線をひく岳このことこそが「国民教育運動特別分科会」でなくてはならない。
 そうだとすれば、「特別分科会」はいかなる方法で開催され、運営されなくてはならないのか。
(1)県下の民主的教育運動にとりくむ、もっとも精力的な人たちをすべて結集しなくてはならない。そこには、教育実践家・教育運動家とともに、教育研究者が含まれる。この分科会を軽視して教研集会の助言者をつとめるなど、おこがましいというほどに、この分科会の権威をたかめなくてはならない。
(2)参加者は、開会のあいさつから、最後の総括にいたるまで参加し、討論を深めなくてはならない。
(3)とりわけ、教育をめぐる情勢とこどもの現状、一年間の教育動の総括を含んだ基調報告の討論が重視されなくてはならない。
(4)教研集会の分科会での報告と、この特別分科会の報告が、同じものであってはなら
ないと思う。教研集会の討論を経てねりあげてき、理論化されてきたものが、基調報告を中心にして、それをどういう面から深めるか、なにをつけ加えるか、どう批判するかという観点を明らかにしつつ、報告されなくてはならない。一個人がそれを十分整理できないときは、集団的に整理し、理論化すべきである。
そのため、基調報告は、事前に会報告者のもとにとどけられる必要がある。たとえ「草案」にとどまるとしても……。
(4)「特別分科会」の「まとめ」は、三カ月以内に完成し、夏休み前に配布する必要がある。「まとめ」 にあたっては、ことなかれ主義の「まとめ」でなく、大胆に問題を提起し、討論をよびかけなくてはならないと思う。仮説は、その後の研究と実践の中で訂正されることがありうる。訂正されることをおそれて、仮説を提起しないところに、理論の発展はありえない。仮説を提起する大胆さと、集団的な討論、実践による検証から学ぷ謙虚さをもとうではないか。
   また、三カ月でまとめる問題についていえば、より完全なものを一年後につくるより、不完全なものでも、すぐにつくりあげることが大切である。われわれは、教育運動の歴史をきりひらいているのであって、歴史をまとめているのではない。もちろん、歴史をまとめ、正確な総括をすることは必要である。そのためには、それにふさわしい委員会をおくべきだ。

二、教育研究運動の発展のために… 立体構造をもって研究はすすむ …

1.教育研究運動の質と量
 質と量というのは、だれもが口にする。ただ「量がふえることによって質も高まり、質が高まれば畳もふえる(注1)」かのように考える俗論には注意しなければならない。「量がふえたからといって質は高まらない。質が高まったからといって量はふえない。そして、量と質それぞれを高める努力をしないとあるところまでいけば、量も質も頭うちになる。したがって、質と量をそれぞれ独自の課題として追求しなくてはならない」というのが正しい。   
教育運動の発展のために、後者の立場「質と量をそれぞれ独自の課題として追求する」ということが求められる。それを研究運動論として展開しようとするのが、小論の課題である。
 (注1) 見田石介著作集第一巻参照
 見田氏の弁証法研究は、このように、わたしたちの実践上の課題の解決に重要な示唆を与えている。

 2.教育研究をすすめるさまざまな組織
  ① サークル
 サークルを特徴づけるものは質の高きである。サークルの中には若い教師があつまってつくったものもある。いかに未熟でも、そこには質の高さがある。
それは、なぜか
 サークルは、いかなる強制にもよらず、教育研究をしたいものがその内容にひかれてあつまってくる研究集団である。出張命令が出されたからあつまるのではない。(このことは、出張になって悪いということではない。出張をかちとることは大切だが、出張扱いされなくてもサークル員は寄ってくるということ、-念のため)組合から動員割当があるわけではない。サークルからのよびかけと、サークル員の自主的・自発的な参加に支えられた研究活動―そこから、きわめて質の高い実践と理論が生まれた。若い未熟な教師たちのあつまりであっても、サークルがつくられているということは潜荏的な質の高さである。
 そこから生まれた理論や実践は、水道方式、生活綴方、生活指導、新英研の実践など数多くある。ただし、わたしは、サークルが生みだした一つの教育方法をとりだして、それをその分野での唯一の民主的・科学的なものであるかのように主張することはさけた方が良いと考えている。それぞれのサークルが、その中でつくりあげた教育の内容や方法を、おたがいにぶつけあい、論争することは良いことである。しかし、学校の中で全教職員が一致してとりくむ場合、どんな小さいことからでも一教点をみつけて統一したとりくみをすすめることが大切な場合が多い。
 サークルの会合や教研集会でよく聞く発言。「学年でなかなかそろわないので、わたしだけ教科書をはなれて『わかるさんすう』でとりくんでいますが、まわりの先生に気をつかいます」
 「学級通信を出していますが、まわりの人からいやがられるみたいです」
 「学級通信を出すのに、年上の先生に相談したら『若い者はやりたいようにやったらいい、しっかりやれ』と言ってくれました。それで出しはじめたのですが、五学級中、出しているのは二学級だけです。……」
 このように、孤立しながらでもサークルで学んだことを学校に持ち帰り実践している若いサークル員たちに、心から拍手を送りたい。孤立していいというのではない。孤立しないようにする仕事は、若い人たちにまかせるのでなく、みんなでやろう、さしあたり孤立しながらでもとりくんでいることに拍手を送ろうということである。
 「一致したとりくみ」 については、あとでのペる。
  ② 教育講座
 サークルなどがつくりだした教育研究・実践の到達点を学ぶ場である。日教組も「力量をたかめる講座」を開いてきたし、和教組・民研が中心になって 「算」「国」の「教育講座」を開いたことがある。今次沖縄教研の翌日、那覇支部が全国からあつまった一流の実践家をあつめて教育講座を開き注目をあつめた。また、各支部の総学習の中で最近、この種のものがとりあげられることが多くなっている。
 ただ、ここで、①の補足もかねて、一言つけ加えておきたい。学ぶべき実践がどこにあるかという問題である。
 研究組織、研究運動を論じているので、どうしても「サークルが生み出した実践」という言い方をしてきたが「サークル」という形をとらなくても、個人で、あるいは同好の士のよりあいとしてすぐれた研究をしたり、すぐれた教育技術を身につけている人たちが、
いたるところにいるということである。四〇代・五〇代の先生の中には、サークルの会合に顔を出すかどうか、組合活動に熱心かどうかには無関係に、すぐれた教育の専門家が多くいる。とくに、若い人たちの場合、「民主的」という形容詞なしでもよいから、「教育の基礎」を学ぶべきだといえないこともない。学校の中で、先輩の授業をどんどん見せてもらい、良いものはどんどんぬすみとりながら、さらに、その上に、今日の教育課捏や教科書をのりこえて民主教育を発展させる理論や実践について「教育講座」で大いに学ぶ必要があろう。
  ③ 教育研究集会
 「教育講座」は、「教える→学ぶ」場であるのに対し、教研集会は「実践をもちよる」場である。それがサークルと違うのは、きまざまな考え方の人が実践をもちより討論する場だということである。(注2)
 これには、組合数研の他に和同教、同推協、教科別研究会、きらに行政当局も参加して開かれる研究会がふくまれる。
 (注2) サークルと教研を「立場の一致」「ちがい」という面から区別したが、この区別は相対的である。

  ④ 現職教育を軸にした学校ぐるみの教育研究と実践
 以上、さまぎまな研究会について述べてきたが、そのもっとも広い土台は、なんといっても学校現場である。そこには、さまざまな考え方、教育方法でとりくんでいる教師がいる。ここでのとりくみで、もっとも大切にされなくてはならないことは、「一人ひとりの
持ち味を生かしながら一致点で統一する」ということであろう。
 学力・非行問題が大きな問題になっている中で「算・国の基礎学力をたかめるとりくみ」「地域ぐるみで非行をなくすとりくみ」「生徒の基本的生活をたて直すとりくみ」などが学校ぐるみでとりくまれていることは、きわめて貴重である。

 以上、四つの研究組織は、それぞれ独自の役割を果たし、一つのものが他のものにとってかわることはできない。たとえば、サークルの性格を教研集会の分科会におしつけたらどうなるか。たとえば、音楽の分科会の場合について考えてみよう。現場には「うたわせること」を中心にして指導している先生もおれば、器楽に重点をおいている先生もいる。サークルでは、どちらかといえば「うたわせること」が主流であろう。しかし、それがそのまま教研集会の分科会になってしまって、器楽の実捗が教研集会に出されなくなってきたら、それは教研集会の自殺行為であろう。
 あるとき「サークル連協の分科会は生き生きしているのに、教研集会の分科会は、それほど生き生きしていない」ということが話題になったことがある。たしかに、これまでの県教研は多くの分科会をかかえ、昨年の総括をふまえて分科会の内容をどう発展させるかという系統的なつみあげ、準備が十分でないことも事実である。しかし、同時にサークルのあつまりと教研集会を同列にして「討論がふかまりにくい」と単純にいうこともどうだろうか。
 先にもふれたように、いくつかの地城・学校では、算・国などの基礎学力をひきあげる学校ぐるみのとりくみが行なわれている。そこでは、ベテランの先生も、新任の若い先生もー致したとりくみをしている。しかし、同時に、算数・国語・社会・理科……それぞれ
の分野で自らの刀で研究や実践を切り開き、典型をつくりあげていく開拓者がいて、その成果の一部が、みんなの一致したとりくみになっていくということがなかったら、教育の発展はないであろう。

3 再び「国民教育運動特別分科会」について
 質と量の問題、研究活動の立体的構造、四つの研究組織についてふれたことで「特別分科会」 の役割は、いっそう明らかになったと思われる。この分科会は教育運動の総路線を発展させる要なのである。


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by saikamituo | 2017-03-21 18:25