雑賀光夫の徒然草

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「朝田理論」と部落解放運動


「朝田理論」と部落解放運動



         1975年ごろ
          海南・海草部落問題研究会 雑 賀 光 夫

1 はじめに
 「朝田一派」による部落解放運動の私物化が何をうみだしているかということについて、いろいろな人が報告しています。しかし、そういう報告や「朝田理論」 への批判をきいたりよんだりしても、どうもよくわからない点がのこるという声をよくききます。
 私自身がよんだもの、きいた報告をふりかえってみても、「朝田一派」のあやまりはわかるが、なぜそんなあやまりが生まれるのかということに立ちいって解明したものはすくないようです。(注1)
 本稿は、昨年末、東海南中学校の現職教育で報告させてもらったレジュメをもとにしてまとめたものです。みじかいものなので、十分なせつめいになっていないかもしれませんが、私としては精一杯「そこがききたい」 というところを解明したつもりです。

(注1)この点で、すぐれていると思われる論文は「『朝田理論』の思想と行動批判」(中西義雄)(部落解放運動とイデオロギ一問頑)

2 いまみんなが「そうだ」とうなずけること
① 全同教にいった人の話をきいても、解放運動に二つの流れがあり、きびしく対立しており、このままではぐあいが悪いと思われること。
② 「朝田理論」 にもとづいてやられる運動や教育には、常識的にかんがえても、ぐあいのわるいことがすくなくないこと。
③ それにしても、その地方では同和予算がたくさんおりているし、いまだに広い地域で「朝田理論」が影響をもちつづけているし「朝田理論」 の主張にも、もっともらしく思われる点もあること。
 まじめに考えている多くの人たちの気持を要約すれば、以上のようにまとめられるようです。


3 予備知識として
    部落解放同盟の歴史
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4 朝田理論の源流
 朝田理論の罪状をならべることはやさしいことですが、ここでは、朝田氏が部落解放運動に貢献していた当時の理論を分析し、何が朝田氏を今日のあやまりにひきづりこんだのかを考えてみましょう。
 ① オール・ロマンス斗争
 朝田氏が 「行政斗争の典型」と評価し、私もすぐれた斗争だと思っているオール・ロマンス斗争というのがあります。
 「オール・ロマンス」 という雑誌に部落をテーマにした、差別をあおるような内容の小説がのせられました。作者は、京都市役所の一吏員でした。解放委員会は、一吏員の糾弾におわることなく、その小説にえがかれているような差別の実態をのこしている行政の責任をあきらかにし、行政斗争へとたたかいを発展させたのでした。
 ② 行政斗争の論理構造
 さて、その行政斗争は、次のようなくみたてになっています。
 (1)差別の事実をあきらかにする
 オール・ロマンス斗争のとき、対市交渉の場で京都市の地図をひろげ「道路のせまいところ」「消火せんのないところ」「トラホームの多いところ」などに丸印をつけさせたところ、丸印がかさなっっていたという話は有名です。
 (2)差別の実態をのこしてきた (市民的権利を保障してこなかった)行政の責任をあきらかにする。このことによって、部落差別のもつ特殊性、要求の正当性をあきらかにし
 (3)部落民の団結と世論の支持のもとに要求をかちとる。  
 こうして、京都市では、住宅をたてたりするだけでなく、教科書、学用品の部落のこどもへの無償配布などを早くからかちとってきていたのです。

③ この論理構造のもつ二つの面
 (1)(2)(3)をもっとかんたんにすると、次のようになります。
  (1) 差別の事実
  (2) 行政の歴史的責任(部落差別の特殊性)
  (3) 要求の獲得
 この中で(2)の項目は、どういう役割をはたしているでしょうか。
 ある地域で学用品無償配布を要求したとしましょう。
 市役所へ交渉にいったら、どうなるでしょうか。
A「みんなお金を出して学用品をかっているのに、お宅の地域だけタダにするわけにはまいりません。」
B「しかし、私らのところは、まずしいものが多いのです。」
A「そのことはみとめますが、まずしい人は他の地域にもいますから、あなた方だけに特別なことはできません。」
B 「…‥・」
 このカベを突破するのが(2)の項目なのです。
すこしあらっぽくいえば、次のようになります。
B「部落差別と一般の差別はちがいます。貧富の差は資本主義社会の中で生れたものだが、私たちは、その出発点から差別されてきた。明治になって武士は金
ろく公債をもらったが、差別されてきた私たちには何の補償もされなかった。明治以後一〇〇年、差別をのこしてきた責任は行政にある。」
 行政斗争が大きな成果をあげたのは、基本的には、部落の人々の切実な要求とねばりづよいたたかいがあったからです。しかし、同時に、部落解放のための予算をくませるためには、部落差別のもつ特殊性をあきらかにする必要があったのです。
 このことは、二つの面をもっていました。
 第一 部落差別の特殊性をあきらかにし、部落の人たちの切実な要求を実現し、解放運動を発展させました。
 第二 その反面、行政にたいしては部落と一般をきりはなす口実をあたえました。
つまり、オール・ロマンス斗争は、部落の要求を実現する面と、部落セクトにおちいる危険とをもっていたわけです。その部落セクトにおちいることをさけるには部落内外の共同斗争が何よりも大切です。その点で西川事件斗争は、さらに一歩すすんだたたかいでした。朝田氏はその点には全くふれず、西川事件斗争は、オールロマンス斗争のやり方を、そのままくりかえしたという評価
しかしていません。
 部落解放は日本の民主化が達成されたときはじめてかちとられるということをわすれ「いかにして要求を多くとるか」 ということだけに目が向くと、まんまと当局の分裂政策にのせられることになります。
 ④ 特殊な差別論の展開とその不当な拡大
 行政斗争で要求をかちとるには、差別の事実をあきらかにし、それが部落差別としての特殊性を強調しなければなりません。
「日常生起する問層で、部落にとって、部落民にとって不利益なことは一切差別である」 (解同第12回大会)という命題は、この要求にこたえて登場したものでした。それも、部落の貧困は差別と分ちがたくむすびついていると主張しているかぎりでは正当なものでした。しかし、それを根拠に 「部落の貧困と一般の貧困は全くちがう」としてしまったり「部落民が経営する企業でストライキをしたら差別になる (注2)」といいだすにいたっては、無茶苦茶としかいいようがありません。
    (注2) 辻岡運輸の問題「首切り」 というパソフ参照
 また、自分につごうのわるいことは「不利益」  「差別」ときめつけ、それを補強するために「差別意識は一般的、普遍的に存在する」とし、部落民以外は差別者であるということにしてしまうわけです。
(はっきり、そうは言わないにしても)
④ 行政斗争の過大評価、絶対化
 行政斗争で要求がとれはじめると、真の差別の元凶との対決をさけ、行政斗争ですべてをすませようとしはじめます。
 「工場で差別事件がおこったら・‥職安行政へかえして責任をとらせ‥・」
就職差別事件がおこったら、その会社に抗ギせずに学校を札弾するというケースが和歌山市でもおこったことがあります。

⑤ 共斗が軽視されることになることは言うまでもありません。

5 「朝田理論」 の克服は、なぜむずかしいのか。
① 正しい理論とあやまった理論は紙一重
 正しい理論(現実を正しく反映した理論)とあやまった理論の関係について考えてみましょう。あやまった理論といっても、何らかの形で現実の一側面を反映しているものです。生きた現実というものは多様で複雑ですから、そこには、さまざまな側面があります。その側面だけをとりだし、それを不当に拡大し、絶対化するならばとんでもないまちがいに転化することは、よくあることです。 (注3)
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「部落民のくるしみが、部落民以外にわかるものか!」
「みんな本気で考えているのか」
これは、部落の人たちの生の声としてよく出されるものであり、現実の一面をするどくついています。
 「私も差別者ではないだろうか」これは、まじめな教師やインテリゲンチャの声でありこれもまた、現実の一面をついているのです。
 ところが、それを絶対化して「部落民のくるしみは部落民以外にはわからない。教師は差別者である。」という理論をつくりあげれば、たいへんなあやまりになります。
 このことがわかってみれば、全同数へはじめていってきた若い先生に感想をきいてみると、朝田理論の立場に立った発言に感動したという返事がかえってくることも、まじめな教師が「朝田理論」にひきつけられることも、少しもふしぎなことではないわけです。
 このようなあやまりは、部落解放運動にかぎったものではありません。(注4)
○日「韓」斗争で「民主勢力内の朝鮮人への差別を克服することが先決だ。」
○大学斗争で「わが内なる東大を粉さいせよ」
○沖縄斗争で「反復帰」論
 (注3) レーニン「弁証法の問題について 」のさいごの一~二ページが大変参考になる。
 (注4) 「前衛」一九七一年七月号p65~67 シンポジウム「沖縄問題とイデオロギ一斗争」の上田耕一郎氏の発言は、この点できわめて重要
 ② あたらしい融和主義と部落第一主義(朝田理論)の呼応
 オールロマンス斗争では、一定の役割をはたした朝田氏が反共分裂主義へと転落していったのは一九六〇年代のことでした。安保斗争がのこした最大の教訓は、統一戦線がいかに大きな力を発輝するかということでした。不幸にも、その教訓を学ぶのは民主勢力よりも米日支配層の方が早かったといえます。かれらの政策は、民主勢力の中の「古典的マルクス主義者」を孤立させ労働組合や中間政党をだきこんでいくケネディー・ライシャワー攻勢としてあらわれたのです。
 部落第一主義、セクト主義の弱点をもっていた朝田氏にかれらが目をつけたのは当然のことといえます。ケネディー、ライシャワー攻勢の部落版は「同対審答申」を利用した、あたらしい融和主義としてあらわれ、その典型が大阪でした。そこでおこったことについては、数多く報告されているのでふれません。
 ⑨「窓口一本化」の問題
 部落の人たちの要求にこたえる同和行政はすべて朝田解同を通じてやれというのが「窓口一本化」 です。
 ○住宅には、解同にはいっていないとはいれない。
 ○促進学級 解同系の教育を守る会などに親がはいっていないとはいれない。
 ○隣保館 解同のいうことをきかない子ども会などは追い出される。
つまり、同和予算の配分療を塀同がにぎるわけです。そうなると自主的、民主的団体としての解同の性格は完全に変質します。ところが、一方では同和予算はふえ、学校は立派なものになります。権力の末端になってしまった解同の動員力は、飛躍約に強化されます。
 ④ 「差別」を武器にした批判の封殺
 このようなやり方を批判するものは差別者だとされ、それでも、批判するものには、暴力、つるしあげ、行政に圧力をかけた首切りなどがなされるのです。
 それとともに、このようなやり方をまともに批判することへのためらいが民主勢力内部にあったことも事実です。矢田問題をめぐって解同大阪府連と日本共産党大阪府委員会がまっこうから対立したときは私も少々とまどいました。でもよく考えてみると、部落解放運動にだけ通用する論理や民主主義があるはずがありません。ところが、私たちは、そんなものがあるかのように思いこみ、それが部落問題への深い理解であるように思いこんでいたような気がします。そのあやまりをおしえてくれたのが矢田問題をめぐる論争だったのです。
 今でも、革新政党の中にも、労働組合の中にも「朝田一派」と対決しきれないでいる人たち、潮流があることは残念なことです。

6 おわりに
 私は、本稿で、朝田一派の暴力、腐敗の実態については十分にのペていません。そのような暴力や腐敗の枝葉をとりはらったあとにのこる「朝田理論」の論理構造をあきらかにしようとするのが本稿の目的だからです。この批判の方法こそは「朝田理論」が正しいと思っている人たちに対する、もっとも親切で根本的な批判になると思うのです。
                   「和歌山の教育」第6号所収

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by saikamituo | 2013-04-02 21:19